【報われない】必死で勉強して公務員になっても、待っていたのはこの貧困か

日本解体

高知の「5万円窃盗」と、地方を食い潰す国の罪

高知市内のマッサージサロンで、施術中だった客の財布から現金5万円を盗んだとして、男2人が逮捕された。そのうちの1人は、香南市の会計年度任用職員——いわゆる自治体の非正規公務員だった。副業の届け出を出し、夜間に働いていた最中の犯行だという。

ネットのニュースコメント欄には、いつものように嘲笑と罵声が溢れかえっている。 「公務員のくせに泥棒か」「たるんでいる」「副業までして客の金を盗むとは情けない」

確かに、客の財布から金を抜き取る行為は明白な犯罪であり、弁解の余地はない。被害に遭った客からすれば、怒り心頭に発するのは当然だ。

だが、このニュースを目にしたとき、私の胸を去来したのは冷笑ではなく、息が詰まるようなやりきれなさと、底知れぬ怒りだった。

高知県は、私が生まれ育った土地だ。 だからこそ、この事件の背後にある「地方の息苦しさ」と「逃げ場のなさ」が、痛いほどリアルに皮膚感覚として伝わってきてしまうのだ。

「ここを出ていきたい」と願っても、足がかりすら作れない土地

地方を語るとき、東京の人間は安易に「嫌なら都会に出てくればいい」「転職すればいい」と口にする。 だが、高知のような地方で育った人間にとって、県外へ脱出することがどれほどハードルの高いことか、彼らは想像すらしたことがないのだろう。

海と山に囲まれ、産業は乏しく、最低賃金は全国最底辺を争う。若者が「ここから出ていきたい」「外の世界で勝負したい」と願っても、そもそも東京へ出るための資金を貯めることすら容易ではない。敷金や礼金、当面の生活費を工面しようにも、日々の生活を維持するだけで手取りのほとんどが消えていく。身寄りや確固たる足がかりがなければ、故郷の重力から抜け出すことすら叶わないのが地方の現実だ。

そんな閉塞感の中で、地元に残り、なんとか真っ当に生きていこうとする人間にとって、唯一無二の「希望の光」とされてきたのが公務員だった。

民間企業が次々と体力を失い、安定した雇用の場が極限まで限られた地方において、市役所や県庁で働くことは、地域社会の中で胸を張って生きるための数少ない道だ。「公務員になりなさい」という親の期待を背負い、参考書をボロボロになるまでめくり、必死に机に向かって勉強した若者たちがこの街には無数にいる。

だが、そうやって必死に努力し、ようやく手にしたはずの「公務員」の看板の裏側に待っていたのは、いったい何だったのか。

「会計年度任用職員」という名の官製ワーキングプア

待っていたのは、かつてのような「安定した生活」などでは到底なかった。 彼らにあてがわれたのは、「会計年度任用職員」という名の、使い捨ての非正規雇用だ。

ボーナスは削られ、退職金など最初から存在せず、年度末が近づくたびに「来年度も雇ってもらえるのか」という公募の壁と雇い止めの恐怖に怯える。現場では正規職員とほとんど変わらない責任と業務を押し付けられ、市民と直接対峙する窓口業務の最前線に立たされる。

それでいて、手元に残る手取りは月に十数万円。 物価は上がり、社会保険料は容赦なく引かれ、家賃や光熱費を払えば、手元には子どもに服を買う金すら残らない。

だからこそ、彼は市に副業の届け出を出し、昼間は市役所の窓口で働き、夜はマッサージ店で客の体を揉みほぐすという、過酷なダブルワークに身を投じていたのだ。 身体を壊すような過密労働に追われ、それでも生活が成り立たない。

必死に勉強して公務員になった先が、昼夜働き詰めのワーキングプア。 この過酷すぎる現実のどこに、「自己責任」などという言葉を差し挟む余地があるのだろうか。あまりにも報われなさすぎるではないか。

肥え太る都と、サンドバッグにされる地方行政

この地方の惨状の対極にあるのが、湯水のように公金をばらまく東京都の姿だ。

巨大な税収をバックに持ち、都庁舎のプロジェクションマッピングに何十億円もの税金を注ぎ込み、華やかなイベントやハコモノで耳目を集める小池都政。地方から吸い上げた富が東京の一極集中をさらに加速させ、都知事はまるで作られた王国の女王のように振る舞っている。

その一方で、地方自治体の現場はどうだ。 国からの交付金を削られ、過疎化と少子高齢化の直撃を受け、インフラの維持すらままならない。財政難の帳尻を合わせるために、真っ先に削られたのが末端の職員の人件費だった。 そして、行政サービスが低下し、生活苦にあえぐ市民からの理不尽な怒りと不満を、一番矢面に立って受け止めさせられるのが、最も低賃金で雇われている非正規の窓口職員たちだ。

行政の不作為のツケをすべて背負わされ、市民の怒りのサンドバッグにされ、給料は極限まで買い叩かれる。 同じ日本という国に生きながら、これほど残酷で歪んだ格差が他にあるだろうか。

数千万円を脱税して居座る政治家と、5万円で破滅する労働者

そして、何よりも耐え難いのは、永田町の特権階級との余りにも不条理な対比だ。

政治資金パーティーで何千万円もの裏金を作り、脱税同然の処理をして私腹を肥やしても、政治家たちは誰一人として刑務所に入らない。逮捕すらされず、起訴猶予や役職停止のポーズだけでやり過ごし、涼しい顔をして国会の赤い絨毯を踏み、大臣の椅子にしがみつき続けている。

彼らは公金を私物化し、選挙の地盤を無税で世襲し、痛痒も感じない。

その一方で、朝から晩まで必死に働き、疲弊しきった地方の非正規公務員は、魔が差して抜き取った客の財布の「5万円」で、名前を晒され、手錠をかけられ、人生のすべてを完全に失った。

5万円を盗んだ人間は即座に豚箱に放り込まれ、数千万円を懐に入れた権力者は国会で「任命責任から逃げない」と開き直って大臣を庇い立てする。 これが、この国の「法の下の平等」の正体なのか。

人を極限まで買い叩けば、モラルは死ぬ

盗みを働いた彼を擁護するつもりはない。被害者の尊厳と財産を傷つけた罪は、法に従って償わなければならない。

だが、人を昼夜掛け持ちの過労と貧困の底に突き落とし、尊厳を奪い去っておきながら、「公務員としての倫理観が欠如していた」と個人の道徳論だけで片付ける行政と社会の姿勢を、私は絶対に許すことができない。

人間は、明日を生きる希望と、労働に対する正当な対価が保障されて初めて、社会の規範とモラルを守り通すことができる生き物だ。極限まで追い詰め、搾取し尽くせば、モラルが崩壊するのは歴史が証明している必然の結末なのだ。

必死に勉強して、故郷で真面目に生きようとした人間すら救えない国。 若者から足がかりを奪い、地方の現場を干上がらせ、ただ生きるためだけに夜の街で犯罪に手を染めざるを得ないまでに追い詰める構造。

真に法廷に立たされるべきは、客の財布から5万円を抜いた哀しいマッサージ師だけではない。 地方を切り捨て、官製貧困を作り出し、国民の誇りすら買い叩き続けている、この国の権力構造そのものである。